2022.07.15
「コテンラジオ」と「歴史総合」
東京理科大学大学院教授 石橋 哲
2022年も半ばに差し掛かりました。前回以降、世界では、ロシアによるウクライナへの武力侵攻が衝撃的なニュースとして報道されました。この原稿を書いている5月下旬現在不幸な報道が続いています。彼の地は肥沃な土壌を持つ豊かな穀倉地帯と学んだかすかな記憶と、先進テックビジネスが隆盛する東欧のシリコンバレーの像との間に、大きなギャップを自覚しました。そんな中、「歴史を楽しく学ぶコテンラジオ」による「【緊急収録】ウクライナとロシア」①を拝聴しました。株式会社COTEN②の広報活動として2018年11月に始まった超人気の歴史系Podcast。代表の深井龍之介さん等のメンバーが歴史を面白く、かつディープに、そしてフラットな視点で語り合うトーク番組です。番組では、ウクライナとロシアの現時点を構成する歴史的諸要素と相互の関連が丁寧に語られ、「解像度」が急上昇。「今」は歴史の累積物として構成され、私たちの眼前に立ち現われると強く感じました。私は大学受験で「世界史」を選択しました。授業は人類の祖先の二本足歩行を起点とし、第一次大戦入口くらいまで終わりました。勉強対象の量が膨大で高2高3の二年間の自宅勉強は世界史一色。毎日世界地図を書いていた記憶があります。教材や資料集は地域毎に一定期間の歴史が「ブツ切り」に編集され頭の整理にずいぶん苦労した割に時代間や地域間の相関は見えないまま。コテンラジオの「目から鱗」感は衝撃的でした。同じような想いをしていた人はたくさんおられるようで、「従来の歴史の授業は古い時代から順に学ぶ傾向があり、授業時間内では近現代史の内容がおろそかになりやすいこと近現代の歴史が取り扱われない」③とのこと。2022年度は高校学習指導要領改訂年度、「歴史総合」が登場しました。「社会的事象の歴史的な見方・考え方を働かせ,課題を追究したり解決したりする活動を通して,広い視野に立ち,グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の有為な形成者に必要な公民としての資質・能力を次のとおり育成することを目指す。」「時期や推移などに着目して因果関係などで関連付けて捉え,現代的な諸課題の形成に関わる近現代の歴史について考察したり,歴史に見られる課題や現代的な諸課題について,複数の立場や意見を踏まえて構想したりする。」④「歴史総合」学習指導要領のこんな記載は株式会社COTENのホームページにある記載⑤と重なる部分を多く感じます。「3500年分の世界史情報を、人類の叡智として活用すること。今までそれは、世界史に精通する、限られた人間にしかできないことでした。Googleが、一部の専門家しか知らない情報を全人類に解き放ったように世界史情報を整理して「検索」可能にすることは、今まで知の巨人にしかアクセスできなかった世界史情報に、誰もがアクセス可能になる、ということです。」「過去に例を見ないスピードで変化する社会・価値観に、自分の経験や常識だけでは対応できない時代になっています。人生の選択に「正解」がない今、世界史はその指針となりえます。3,500年分の人の営み、言わば「人生のケーススタディ」の中には、必ずあなたが参考にできる人がいるはずです。人類の叡智からの学びを人生に活用する時代になる。」衆議院原子力問題調査特別委員会に同委員会アドバイザリーボードメンバー(参考人)として5月10日に意見陳述の機会を得⑥、大学入学時に推薦された「権利のための闘争」の一節をご紹介しました。「時機を失してからやっと歴史の教訓を理解するというのはわれわれが悪いのであって、歴史が適切な時点に教訓を与えてくれないわけではない。歴史はいつでも、大声ではっきりこう教えているのだ。国民の力は国民の権利感覚の力にほかならず、国民の権利感覚の涵養が国家の健康と力の涵養を意味する、と」。⑦歴史や社会は与えられるものではなく、『私』が『今』創るものです。「どうせ変わらない」と昨日と同じような行動を選択するから、昨日と同じような日がまた1日延びるのです。慢性疾患を見ず、近視眼的な対症療法が礼讃される昨今、「歴史総合」は私たち大人にこそ必要なのかもしれません。
① https://www.youtube.com/playlist?list=PL1-huqoHvew0spLhxOpxfGga2-zMNDTQy
② https://coten.co.jp/
③ https://www.daiichisemi.net/column/
2022 年、高校の授業に新科目導入。「歴史総合」とは?
④ 【地理歴史編】高等学校学習指導要領(平成30 年告示)解説
⑤ https://coten.co.jp/datebase#1051e6ae49ca4ee4af911ba811193eeb
⑥ 衆議院インターネット審議中継
https://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=53971&media_type=
⑦ 「権利のための闘争」イェーリング著 岩上文庫
https://www.iwanami.co.jp/book/b248600.html
石橋 哲 イシバシ サトシ
東大法卒。邦銀・米銀を経て、03 年産業再生機構参画(マネージングディレクター)。07 年以降組織変革支援。07 年日本郵政顧問、08 年内閣府政策企画調査官、11 年国会事故調(原発事故調査委)調査統括補佐、等歴任。19 年4 月から東京理科大大学院技術経営(MOT)専攻教授(https://most.tus.ac.jp/teacher/ishibashi_satoshi/)。
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