2021.10.30
大学入試改革の二本柱断念へ
責任の所在と改革の今後
教育ジャーナリスト野原 明
今回の大学入試改革の柱は、国語と数学に記述式の出題をすることと、英語の4技能のテストで民間英語試験機関を活用することの二つだとされた。しかし、この「二本柱」の実施には、受験生や高校・大学関係者から課題が多いとして見送るよう求める声が多く、実施直前の2019年暮れになって文部科学大臣の政治判断で実施見送りとなった。
その後、文部科学省に「大学入試のあり方に関する検討会議」が設けられ、1年半の審議の結果、今年7月に二本柱の「実現は困難と言わざるを得ない」との提言が文部科学大臣に提出され、文部科学省は正式に断念することを決定した。
改革の「二本柱」は、2013年10月の教育再生実行会議で提言されたのが発端で、中央教育審議会の答申、高大接続システム改革会議の報告と、7年半をかけて議論されてきた。「二本柱」が目指したのは、大学に入学する学生が思考力・判断力・表現力を持ち、英語の4技能に優れていることだったが、入試の実態把握や試験方法・採点の公平性などへの配慮に欠けるとして批判が強まっていった。
文部科学大臣が政治判断で実施を見送ったあとに新設された「大学入試のあり方に関する検討会議」は、記述式の出題について、
*質の高い採点者を確保することができず、受験者等の不安を払拭するには至らなかった。
*50万人以上の答案を短期間で採点する中で、採点ミスをゼロにすることは困難である、等の理由から「その実現は困難であると言わざるを得ない」と結論付けた。
また英語の4技能のテストに民間の英語資格・検定試験を活用することについては、
*地理的・経済的事情への対応が不十分、すなわち全都道府県で全ての民間試験が実施されるわけではないため、都市部に比べて地方の受験生が不利になること、民間試験機関によって検定料に差があり、家庭の経済力の差によって受験生が受験できる回数にも格差が生じる。
*複数の異なる資格・検定試験の成績とCEFRのスケールを対照させ、段階別の成績を提供する仕組みが採用されたが、それには根拠が乏しいとの指摘があり、信頼性・妥当性に疑問の声があった、等々の課題があり、文部科学省が明確な解決策を示すことができなかったとして、「この方式の実現は困難であると言わざるを得ない」との結論に至った。
大学入試改革の「二本柱」は、安倍内閣による政治主導で進められ、教育再生実行会議など有識者会議の提言などで実施のための具体案がまとめられたのだが、受験生側の条件に配慮する実質的公平性にかけ、入試の実態把握と様々な当事者の意見を聞いて決めるというプロセスがなおざりにされた。このため、該当年次の受験生や高校・大学関係者を困惑、混乱させる結果となった。
一方、英語の試験を委託された複数の民間試験機関と、記述式出題の採点を請け負った1団体に、大学入試センターから合わせて6億円弱が損害賠償として支払われたと報じられている。
これらの責任は、間違った方針を打ち出した政治に忖度して、実現不可能な提言を続けた有識者会議にあるはずである。にもかかわらず、これらの責任論が全く出てこないのはなぜなのか、理解に苦しむ。
「二本柱」を断念するに際して、文部科学大臣が「一度示した方針が変わり、当時の受験生などに大変なご迷惑をかけた。重く受け止めたい」と語っているが、どのように重く受け止めようと言うのか。
「二本柱」は断念されたが、改訂学習指導要領の施行に合わせて新しい選抜方法を決めなければならない。大学入試にとって重要な原則は、当該大学での学修・卒業に必要な能力・適性の判定にあり、それぞれの大学・学部がどのような学生を求めているかを明確にして実施すべきものである。
筆者は30 年来、「入試は各大学、各学部・学科が主体的に実施すべきもので、個別の試験ではそれぞれが自らの学部・学科にふさわしい尖った能力の持ち主を探すことが目的であるべきだ」と主張してきた。各大学は、今こそ検討会議が提言しているような、これからの入試のあり方を真剣に考えるべきではないだろうか。
野原 明 ノハラ アキラ
1958年京都大学卒。記者として放送界に入り、83年NHK解説委員(教育・文化等を担当)、93年定年退職。2001年まで部外解説委員。93年文化女子大学教授、2000年同大学付属杉並中高校長兼務。11年退職して文化学園大学名誉教授、同大杉並中高校名誉校長に。
現在はフリーの教育ジャーナリスト。マスコミと学校現場を経験した教育評論が特色。
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