2021.08.30
6年間で育んだ人間性を武器に、
世に羽ばたく
時宗総本山・清浄光寺(遊行寺)の僧侶養成機関「時宗宗学林」を前身とする藤嶺学園藤沢中学校・高等学校。日本古来の伝統文化に触れることを通じた人間教育に力を入れ、茶道、剣道の授業を5年間、生徒全員が受講する。同校の中学教頭である廣瀬政幸先生に、その「人間教育」の真髄を伺った。
茶道と剣道を通して
礼の精神を学び、人間性を培う
廣瀬先生が同校に着任したのは37年前。当時はいわゆる「荒れた学校」で、地域での評判もよくなかった。その後、学校改革に着手し、さまざまな取り組みを行った結果、特進コースからは東京大学に複数名の合格者を輩出するまでになった。 一方で、「偏差値至上主義の教育、強制的に勉強をさせる指導でいいのかと、教員も疑問を感じていたはず」と、廣瀬先生は当時を振り返る。そうした声が高まり、人間力の育成に軸を据えた教育を行う場として、2001年に藤嶺学園藤沢中学校を開校。6年間の中高一貫教育を始動した。 6年間の教育の柱としたのが、国際社会でも通用する、和の精神に根ざした人間力。日本人としてのアイデンティティを涵養し、道徳心を身につけるために注力したのが、茶道と剣道だった。中学入学直後から、学年全員が茶道の授業と剣道の授業を隔週で受講。受験期を避けて高校2年生までとしたが、英語で茶道を行うなど教科横断型の学びにまで進展している。廣瀬先生はこう語る。「茶道も剣道も、礼に始まり礼に終わります。畳の上で正座をして心を落ち着ける時間というのが、今の子どもには足りていません。そういう経験を通して、日本の伝統や文化、歴史に思いを馳せ、自らを内省し、結果として人間性が高まっていくのです。茶道をやるのは女子という印象があるかもしれませんが、もとは戦国武将が戦いの前に嗜むものでしたし、男子が茶道をすることに違和感があるというのは固定観念です。生徒には、そういうステレオタイプな思考からも脱却してほしいですね」 最初は茶道に乗り気ではない生徒たちも、取り組むうちに姿勢が変わる。「正座が20分間できるようになる頃から、少しずつ変わっていく。授業に集中できるようになってくる」と廣瀬先生。生徒からも、「(茶道を)やってよかった」という声が多く寄せられるという。
仏教的な非日常体験を通して、
心の在り方が変わる
「我慢ができない子は、勉強ができる子にはならない」というのが、廣瀬先生をはじめ同校の先生方の基本的な考え方だ。生徒にただ我慢させるのではなく、「我慢をした先に見える世界があることを知ってほしい」と言う。「茶道、剣道のほか、本校では座禅を組んだりお坊さんの説教を聞いたり、保護者を交えての食事作法などもやります。どれも、中高生にとってはいわゆる“楽しい”ものではありません。ときには苦痛も伴い、我慢も必要です。しかし、そうした非日常体験を通して、心の在り方が変わる。生徒は、人間的に大きく成長していくのです。世の中では英語だICTだと言われていて、もちろんそれも重要ではあるのですが、もっと大切なことを疎かにしているような気がしてなりません。私と同じような思いを抱いてくださる保護者の方も多いようで、仏教系の学校にしてよかったという声は多く寄せられます」 また、仏教系の学校ならではの体験もある。時宗の開祖である一遍上人は四天王寺(大阪)から熊野本宮大社(和歌山)まで遊行され、同神社で神託を受けるのだ。以前は京都・奈良や広島に修学旅行に行っていたが、この10年あまりは熊野を訪れている。「熊野には霊が宿るような空気感が確かにあって、生徒もそれを感じ取るのだろう。熊野遊行の前後で何かが変わる。心洗われるような非日常を体験することは、高い志を持つきっかけの一つになっている」と廣瀬先生。生徒にとっても、忘れがたい学校行事となっているようだ。
暑い夏も、寒い冬も剣道に取り組む
修学旅行は熊野古道へ
中学時代に我慢ができるように
なった生徒は、大きく成長する
保護者が同校を支持するもう一つの理由が、生徒を誰一人見捨てることなく、一人ひとりをきめ細かく見てくれるという面倒見の良さだ。中学校は1クラス30人と少人数編成で、学年全体でも100人あまりと小規模。高校も一般的な学校よりも1クラスの人数を抑え、担任の先生が生徒一人ひとりに目配り・気配りができる体制が整っている。 また、放課後の学習支援も手厚い。中学1年生に対しては、全員が教室に残り、宿題を終わらせてから帰宅する。「中1は“型”をつくる大事な時期」と廣瀬先生。2年次以降も、希望する生徒は放課後2時間あまり校内で勉強をしてから帰宅する。また、高校でも成績が芳しくない生徒は、長期休暇に入る前に個別指導を行う。「勉強ができないというレッテルを貼って見捨ててしまうことは簡単です。でも、いくら骨が折れても、そういう生徒を救い上げることが私たちの役割です。高校1年生まではとんでもないような成績や態度だった生徒が、2年生になると良い意味で豹変すると言うのはよくあること。生徒にはまだまだ可能性があります。私たちが諦めてしまったら、おしまいですから」 人間教育に力を入れ、「我慢ができる子」を育てる藤嶺学園藤沢中学校・高等学校。数多くの生徒を見てきた廣瀬先生の「特に12歳から13歳は大事な時期。そこで我慢ができるようになった子は、大きく成長する」という言葉は、説得力がある。「みんなから応援される人、こいつのためなら一肌脱ごうと思ってもらえる人間的魅力のある人を育てたい」。廣瀬先生のこの言葉に、同校の人間教育が目指す未来を垣間見た気がした。
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